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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)91号 判決 1962年12月25日

原告 ジユジユ化粧品株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和三十五年抗告審判第二〇九六号事件について、特許庁が昭和三十七年五月二十八日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人がその請求の原因として陳述した事実の要旨は、次のとおりである。

一、原告は昭和三十四年四月十三日別紙記載のように「madam」の筆記体欧文字の直下に「マダム」の仮名文字を横書に併記して構成された商標について、旧商標法施行規則(大正十年農商務省令第三十六号)第十五条の商品類別による第三十七類「寝具及び他類に属しない室内装置品」を指定商品として登録を出願したところ(昭和三十四年商標登録願第一〇、六六二号事件)、審査官は同年七月二十日出願公告決定をし、同年十一月二十八日出願公告をした。しかるに昭和三十五年一月二十八日訴外北島隆から登録異議の申立があつたところ、審査官は右異議を理由ありとし、同年七月十二日拒絶査定をした。原告は右査定に対し抗告審判を請求したが(昭和三十五年抗告審判第二〇九六号事件)、特許庁は昭和三十七年五月二十八日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は同年六月六日原告代理人に送達された。

二、審決は別紙記載のように「奥様」の文字を左横書にし、同一商品を指定商品として登録されている第五〇七二二三号商標を引用し、「本願商標における「madam」の文字(筆記体)及び「マダム」なる文字は、ともに主婦、夫人または奥様の意味を表示する語として一般に親まれ、これと引用登録商標における「奥様」の語とは、通俗的には観念同一のものとして彼此他を直感相通用せられる程度に邦語化せるものと認めるを相当とするから、本件商標と引用商標とは外観及び称呼を異にするも、なお観念を同一にする類似の商標といわなければならない。そして両者はその指定商品においても相牴触するものであるから、本願商標は旧商標法(大正十年法律第九十九号)第二条第一項第九号に該当し、これを登録できない。」としている。

三、しかしながら英語の「マダム」「MADAM」が夫人もしくは奥様の意味を有するとはいつて、わが国現在の社会通念又は社会的実情よりみるときは、両者はその語感ニユアンスを自ら異にするものであつて、マダムといえば酒場、小料理屋等を経営或はそこに責任を与えられて働く婦人又はいわゆるくだけた職業に携わる婦人を呼称、意味するものであつて、いわゆる堅気の家庭の主婦ないし中流、上流の夫人(主婦)を目して「マダム」と指称することはなく、これらの主婦はいずれも「夫人」或は「奥様」として呼称、観念されている。従つて英語の「MADAM」がわが国において夫人或は奥様と邦訳されるからといつて、それだけの理由で観念の混同性を有するものと速断することは誤りである。このように外国語にせよ国語にせよ、吾人の生活の中にはその生活環境と社会常識としての称呼又は観念が極めて自然に醸成され、これが固定して通ずるものである。従つて英語の「MADAM」が「奥様」と訳される一事をもつて直ちに両者は観念上同一であるとする審決は、皮相な形式的観察であつて、真実性を欠くものである。ましてやこれを商品の標識である商標として使用する場合にあつて「madam(マダム)」と「奥様」とが観念を同一にする類似の商標であるというが如きは全く事実を誤認する公式的観察であつて、商標の類否はこのような画一論をもつて解決できるものではない。けだし商標の類否観察においての観念の同一もしくは類似性は第二義的のもので、商標を構成する外観及びこの外観より自然的に生ずる呼称に従属し、外観、称呼を離れて生起するものではない。故に本件商標の類否の判断に当つて、特に観念を重視し、観念を同一にする類似の商標であるとする審決の不当性は多言を要せずして明らかである。

これを要するに「madam(マダム)」の文字から構成される本件商標と引例にかゝる登録商標とは、その外観、称呼を著るしく異にするのみならず、観念においても経験則上大きな差異を有するもので、両者が互にその指定商品を同じうして使用されたとしても、これによつて両者が誤認、混同されることはあり得ない。以上の理由により審決は違法であつて取り消されるべきである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、その一及び二の事実はこれを争わない。

しかしながら英語の「マダム」、「MADAM」なる語は、「奥様」なる語と観念同一のものとして彼此相通用せられる程度に邦語化せられ一般に親まれているところであつて、これを原告代理人のいうように区別して観念することは却つてわが国現在の社会通念又は社会実情にそわないものであると述べた。

第四証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は当事者間に争いのないところである。

従つて本件における唯一の争点は、原告出願の本件商標を構成する「madam」「マダム」の語と、引用登録商標の「奥様」の語とが審決のいうように観念を同一にし、両商標が類似するかどうかである。

二、そこで右の点について考察するに、英語の「madam」「マダム」の語が、普通「夫人、奥様、主婦」と邦訳せられ、しかも本件商標の指定商品である「寝具及び他類に属しない室内装置品」の取引者又は需要者に日常しばしば使用せられる言葉であることは当裁判所に顕著な事実である。そしてその商品の取引者、需要者にとつて日常しばしば使用される外国語とその普通の邦訳とは、これに接する者に、同一の意味を伝え、いわゆる観念を共通にするものと解せられる。原告代理人は「madam」がたとえ「奥様」と邦訳せられるにもせよ、わが国現在の社会通念又は社会的実情よりみるときは、両者はその語感ニユアンスを異にするとして色々の例証を挙げており、なるほど特殊の事例を取れば原告代理人主張のような場合もないではないであろうが、そのような事例が一般的、ことに本件指定商品の取引者需要者全般について普通にみられる事例とは到底解されない。

してみれば「madam」「マダム」を主要部とする本件出願の商標は、「奥様」の文字からなる引用登録商標とあやまり解せられ、記憶されるおそれがあるから類似するものといわなければならない。

原告代理人は商標の類否観察において、その観念の同一もしくは類似性は第二義的のものであると主張するが、観念の同一または類似する二つの商標を付した商品について、その取引者、需要者がこれをかれと取り間違えて記憶し、取引するおそれがある以上、同一または類似の商品について両者並んでの登録が許されないのは旧商標法第二条第一項第九号の法意と解すべきであるから、右原告の主張は採用することができない。

三、以上の理由により、審決を違法なりとしその取消を求める原告の本訴請求はその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 原増司 多田貞治 吉井参也)

(別紙)

出願商標<省略>

引用登録商標

第五〇七二二三号<省略>

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